「感情」は「私」ではない

真我

宇宙も銀河も神々も「自我の世界」の話で、つまり真我の見ている夢。
どんな悲劇が展開しているように見えても、シリアスに心まで巻き込まれる必要はありません。

しかし夢を「夢だから」と斜に構えてないがしろにするのは、逆に抑圧することになります。 

しっかり体験して、「これはホントの私じゃないんだなあ」と思いつつ「肉体の私」の反応を見ていきます。

浮かんでくる考えは単なるカルマの結果なので、それに善悪の判断を与えないようにします。

ムカつく、と思ったとき、ムカついた自分を責めない。ムカついてるのね、と思いつつ見る。

「感情」は「私」ではない。
それと同化する必要はない。
でも、それを抑圧することなく、しみじみとエネルギーを感じきってみます。

身体が感じる反応を頭で否定せず、
防衛することなく味わいます。

私の怒り、と思っていたのが、
私と怒りは別物だとわかり、
そのうち怒りの方が私を手放します。

練習中。

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祈り手
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