【掌編】時を超えて見るあなた

物語

 藁を焼いた煙を吸い込んだ肺は重く、呼吸は浅く朦朧としている。荒縄であちこちをぎりぎりと縛られ、体重に引っ張られた手首が折れそうだ。
 下の方で、私に何か叫んでいる人々がいる。善良な人々。彼らは全く善良である、ただ愚かなだけだ。煙で視界は炙られ定まらない。私の肉体にも苦痛にも全く意味はないと知っているが、それでもはち切れんばかりの憤怒に翻弄され、私は呼吸のたびその痛みを呻き声に乗せて吐き出した。人の肉の焼けるのは堪え難い匂いがする。熱に焼けた喉の奥と鼻腔は既にそれすら感知しない。嘔吐の酸味が水気を失い果て、舌の上に滲む苦味は血の味だった。
 自分が発したとは思えない喘ぎ声が、男女の営みのそれに似て、こちらを眺め申し訳程度に投石する善良な人々を苦しめるのがわかった。目、目、目、彼らはひどい有様だ。どうして私たちがこんな目に合わなければいけないの、とその顔は語っていた。
 彼らは煤や泥で黒ずんだ顔で、「神の名の元に殺す人々」の語る勢いづいた正義に怯え、連れ立って我々に空虚な罵詈雑言を投げる。しかし彼らは私たちを憎んではいない、ただ権力に従ってそうしなければ自分もひどい目にあうとわかっているから、考えなしを装って石を投げ火をつける。
 私には彼らの苦悩が手に取るようにわかった。彼らは全く善良な人々だった。
 主よ、なぜ彼らにこんなにひどいことをさせるのですか。彼らは単に、この辺りに住んでいる平和な人たちに過ぎないのに。農夫に人殺しの責を負わせる必要はない。彼らは家に帰って子供を抱きしめて泣くだろう、正しさの旗印に彼らの霊性は蹂躙され、神による罰に怯えるに違いない。なぜなら彼らは私たちが悪人ではないとわかっているから。私たちは彼らから野菜を買い、彼らの病気を治療した。私たちは顔見知りだった。
 生き物のようにうねり上がる煙と灰は、徐々に私から思考力を奪っていく。もはや目は見えない、ただ苦しい。私の肉体は限界を超えてなお根底に多大な怒りを抱えている。身体中の水が抜けたようで、阿鼻叫喚に反応する気力はないが、深い憎悪の中にあった。
 私は怒りに満ち、それが一体誰に向けられたものなのかすらわからない猛烈な抗議の念を抱え、バチバチ爆ぜる火炎の音と共に壊れる隣の十字架や、悲鳴の中で死にゆく兄弟の存在を感じていた。
 神を正しく知ろうと努めた結果、神の名を語る「正義」の徒たちによって殺されるのは、あまりに喜劇的だと思った。

——神よ、神よ、神よ、私はそれでもあなたを知りたい。

「これではない」
 私の中に閃いたのは、ただその言葉だった。
「私が見たかったのは、これではない」
 その瞬間、私はぐいっと上に引き上げられるのを感じた。
 私は肉体を脱け出し、光る魂としてその光景を見ていた。全ての苦しみが突如として消え失せ、肉体が感受していた全ての情報、音、熱、苦痛、そして感情さえ、一瞬で凪いだ。

 そのとき、あれほど呼びかけても応えてくれなかったイエスが、ずっと私のそばに居たことがわかった。
「見なさい、あなたを殺そうとしているのはあなた自身である」
 イエスは私の肩を抱いて言った。
「あなたはずっと、あらゆる手段であなた自身を殺そうと画策してきた。あなたは過去においても未来においても何度もそれを繰り返しているが、もはや目覚める時が来ている。なぜならあなたは、別の見方をすることを望んだから。あなたに石を投げた彼らがあなた自身であると知ってしまったから。あなたを殺しに来た軍隊が、あなたの写し身であるとわかってしまったからだ」
 私は、イエスの言葉が真実を語っていることを理解した。イエスは私より高位の霊的存在であると同時に、私自身でもあると、どうしてかわかっていたからだ。
「私はあなたと共に見たい」
 私ははっきりとイエスに向かってそう言った。
「では、あなたはあなたを赦すことに同意すると言いなさい」
 イエスは私にそう応えて、ポンと私を肉体の世界へと押し戻した。
「自分を迫害するのは、もうやめにしなさい」

 次の瞬間、私はまた肉体へと戻っていた。
 全ての喧騒が戻って来て、私の肉体は死にかけていたが、私は自分がもはや死なないとわかっていたので、安らかだった。
 私は笑っていた。
 ふと、私の苦しみを終わらせるために長槍を振りかざす兵士と目が合った。彼が十字軍の中では見せしめに懐疑的で、長時間の火あぶりは残酷すぎると思っている一派の青年だということが、なぜかわかった。快楽のために殺しているわけではないというのが彼らの主張で、多くの場合狂乱を求める血気盛んなその他大勢に嘲笑されていたが、それでも彼らはできる限り速やかに異端者たちの息の根を止めようと苦悩していた。その長槍の矛先が私の喉を刺す刹那、青年と私の目が合った。不思議なことに、彼は私そのものだ、と私は思った。
「聖なる人よ、あなたは神の子だ」
 私が言ったのか、彼が言ったのかはわからない。ただ、私たちは霊において兄弟であると、その時双方がわかっていた。

 彼の矛先が私の喉を貫いた時、私は死んだ。

 そして、「私たち」は記憶を手放した。

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私(ももこ)の過去生らしきビジョンには、いくつか強烈なものがあって、これは多分グノーシス主義カタリ派の人だった時のビジョンです。
この記憶を数年前に初めて夢で見たときは怖すぎて全身汗だくで目が覚めて、怖かった印象しかないんだけど、文章でこれを書いているうちに途中からJesusが出てきちゃった。
単なる恐怖物語が、ハッピーエンドに向けて目が覚める話になってよかったよかった。
書いているうちに私の過去が訂正されてしまったのを感じます。笑

完全にノンフィクションとは言えないので、創作カテゴリに入れておこう…って言ったら、この人生すべてフィクションではあります。
世界、存在してないもんね。