【日常】今日の奇跡

ACIM

ふと、台所で卵焼きを作りながら、讃美歌が口から転び出た。


主 我を愛す
主は強ければ 我弱くとも
恐れはあらじ
我が主イエス 我が主イエス
我が主イエス 我を愛す

御国の門を 開きて我を
招き給えり
いさみてのぼらん
我が主イエス 我が主イエス
我が主イエス 我を愛す

歌いながらまた泣けてきた。

肉体における父親を赦せたことにより、
神である御父(愛を擬人化しているだけで比喩ですが)への懐かしさや慕わしさがはっきりと増していることに気付いたからでした。

すべての人間関係はわたしのエゴによる投影ですが、愛から見て赦すことを選択すると、投影ではなく内側の愛を延長することになります。

わたしは、恋人とのパートナーシップにおいて徹底的に赦しを行ったことで親を赦せるようになり、親を徹底的に赦したことで神との間に自分で作っていた障壁を取り除くことが出来たのだと実感できました。
これらの肉体レベルにおける関係性は、概念の象徴のようなものです。だから、ひとつ赦すとホログラフィックにそれに関連する出来事のすべてが癒やされて、一気に変化が起きます。

赦しとは、他者の罪を見ることで自分の無垢さを維持しようとすることではなく
それを引き寄せたわたし自身の傷と、そのもとになる概念を見つけ出し、それが神である愛の視点から見れば「外側には誰もいない。あるのは私だけ。つまりなにも起こっていない」と認め、手放すことです。
そして、聖霊によって、愛へと入れ替えてもらいます。

わたしは「原因を識別して手放す」と決めて、聖霊に委ねればいいだけ。
わたしが頑張って赦さねば…!と意気込む必要はありません。

この讃美歌で言う、
「主は強ければ 我弱くとも 恐れはあらじ」というのは、
神は完全だから、エゴであるわたしが弱くても全く問題はないということです。

というのは、恐怖の原因は「○○を行うわたしの能力に自信がない」という考えなので、恐怖があるときには、エゴであるわたしが行為の主体なのです。

で、行為の主体が聖霊であれば、神が責任とってよしなにやってくださるので、怖いことは何にもないわけです。だって失敗するわけないじゃん、神さまだもの。

これを極めると「全託」という状態になります。

この讃美歌でいう御国とは天国のことです。
天国とは、どこか遠い場所にあるユートピアではなく、今この瞬間にここにあります。

というか、世界は本当は存在しない。
宇宙も存在しない。
愛だけが在る。

まだまだワークの途中ではありますが、既に毎日奇跡を見ている感があります。

わたしの場合、親を赦すことやビリーフチェンジにより、エゴの投影による世界を変えられることを既に学んでいたので、理解と展開がめちゃくちゃ早い気がします。

ただ、これまではブロック解除やビリーフチェンジというやり方で、エゴにより力技で赦しを実践してきたので(笑・ACIMを学ぶ前の過去記事を読むと、結構struggleしている)…
ACIMによる「聖霊によって愛に入れ替えてもらう」という方法は、拍子抜けするほど簡単かつ効果が凄いと感じています。

折に触れてShareしていきますが、進化&深化が早すぎて、そのうちACIMを学んでいない方からするとわけわからなくなっていきそうな気がします。

とはいえあの分厚いテキストを読み込んで毎日ワークする人は、相当本気で人生どうにかするで!と決めている人に限られると思いますので、近々その内容を自分でまとめたものをアップする予定。
赦す手順とかも簡易的に伝えられたら楽しいな。
それでやってみて楽しかったら、本気で取り組んだらいいと思うんだ。

ACIMの最終目的地は、エゴにより誤って創造されたこの世界を赦しによって解体すること、つまり愛へと還ることにより、転生の輪から抜けることです。

もうこの回で人生やめたいと本気で思ってる人には最適な教材です。分かち会える兄弟がたくさんいてくれるとうれしいです。

ありがとう愛してるよ。