コロナウイルスの恐怖に、どっしり構える方法

マインド

どんなに外側がざわざわした状況においても、愛と平和を選択することが出来ます。

逆に、どんなに平穏な状況においても、不安と恐れにフォーカスしている人は、「空が落ちてこないかな」と心配しながら過ごします。

うちはテレビがないので、あんまり時事ネタに詳しくないのだけど、それでも新型コロナウイルス関連の情報が入ってくるので、普段から情報を積極的にチェックしている人は、それだけで心配が増大してつかれていると思う。

SNSでは、毎日誰かしらが世界の惨状について投稿していて、「ほら、こんなにコロナはこわいぞ」と言います。

会社がリモートワークになって、
学校が休校になって、
外出自粛ムードになって、
ワーキングママは政権を批判して、
イベントは中止になって、
東京のスーパーは備蓄に焦る人により棚が空っぽになって、
マスク騒動でドラッグストアの店員さんは人間不信になって、
経済が打撃をこうむって、
そのせいで自殺者が増えるかもしれなくて。

ウイルス感染そのものではなく、「恐怖」という非存在ウイルスに、世界中が侵されようとしているようです。

「恐怖」を蔓延させることに、これ以上加担しないために。

わたしたちがする必要のあることは、
「恐怖の正体」を見極めることだと思います。

恐怖は、「今ここにはないけど、未来に起こるかも知れないと予測される未知の苦痛」に対する感情です。

「今ここにはない」というのがポイント。

「恐怖」は、正体を見極めると、消えます。
「それは幻想だ」と理解すると、恐怖はなくなります。

また、「恐れる」ではなく「対策を立てる」という方法で、どっしり構えて備えることができます。

そんなわけで、
いま、コロナ関連でどんな恐怖があるか、具体的に見てみよう。

1)感染するかもしれない。 


実際に罹患された方の場合、その「恐怖」は「死ぬかもしれない」という未来への感情になります。

でも、基礎疾患がない人は死亡しないので大丈夫です。
もし罹患されたら、速やかに治療に専念しましょう。サバイブすべく、なるべく楽しいことを考えよう。
ほがらかなほど、免疫力は上がるからです。
余計な心配しないで、体を応援しよう。

【対策】感染しちゃったら、免疫力を上げるために、なるべく明るくほがらかに過ごそう。

2)死ぬかもしれない。


基礎疾患がある人は、感染したら死ぬ可能性が高いです。
死ぬことの「どんなポイント」が怖いと感じるのか、この機会に見つめてみると良いでしょう。
やりのこしたことがあるなら、悔いのないように生きてみる機会になるかもしれない。
どうせいつかはみんな肉体を離れます。
コロナでなくても、今生きている人は遅かれ早かれ全員死にます。
しかし、肉体は滅びても、霊は大いなる愛に還るだけです。

【対策】死ぬことのなにが怖いのか、一度真剣に深めてみる。今生でやりのこしたことは何か考え、すぐにできることから取りかかる。
万が一自分が死んだら、どなたの守護霊になろうかと考えてみるのも楽しいよ。

3)自分が感染することで、お年寄りなどに移してしまうかも。

【対策】手洗い、うがい、アルコール消毒を徹底することで、感染を防ごう。
よく換気をして、人混みは避けよう。
お年寄りや、基礎疾患がある人と接するときは、アルコールで手指消毒をして、マスクを着用しよう。
罹患した際重症化しないよう、栄養バランスを考えて、自分の体を大切にしてね。

恐怖の正体を見極めると、恐怖は消える。

実は、「実際のコロナウイルス」に関する恐怖は、ほんとはこれだけです。

つまり、感染するかも、罹患したら死ぬかも、感染させてしまうかも。これだけです。

しかし、いま社会では、もっとたくさんの「恐怖」が取り巻いているように見えます。

それは、メディアの報道によって恐怖心が煽られ、一人ひとりが「自分ではない誰かの恐怖」に影響を受けているからです。

恐怖は目を逸らすと拡大しますが、見極めることで「取り扱い可能なもの」になるため、安心できます。

「自分が今、いったいなにに怖れているのか」を見極め、言語化しましょう。
そうすれば、ひとつひとつのことに、対策を立てられるようになります。

ビジネスの観点から言うと、
基本的にメディアは視聴率がお金になります。
そして、人は明るいニュースよりもネガティブなニュースの方に、圧倒的に反応します。

メディアがお金を儲けるには、「こんなにこわいぞ、こんなにひどいぞ」とネガティブてんこ盛りにした方が効率が良いのです。

だから、報道の過剰さによって「感染したら世の終わり」くらいの恐怖をお持ちの方がたくさんいます。

たとえば、世界ではコロナウイルスでの死者より、交通事故で亡くなる人のほうが圧倒的に多いのに(年間135万人。24秒に一人亡くなる計算)、みんな「車を廃絶しろ」とは言いません。

それは、「車は取り扱い可能なものだ」と社会的に認識されているからです。

コロナに関しては、「未知のウイルス」という「取り扱い可能ではない」という恐怖が、別の恐怖を呼び、社会現象を起こしています。

しかし、「漠然とした恐怖」は解決できませんが、「具体的なひとつひとつの課題」については、対策を立てられるのです。

「解決可能な課題」は、もはや恐怖ではなくなります。

「あなた」はいったい、「なにを」怖れているのか。

世間に蔓延する「漠然とした恐怖」ではなく、個別具体化して、「自分の中にある恐怖」を見極めてみてください。

そうすれば、コロナウイルスにまつわるトンデモナイ恐怖だと思っていたことは、ほとんどが取り扱い可能なものであることがわかるはずです。

今すべきことは、「安心するために、恐怖の正体を見極める」ことです。

そして、右往左往する流行に乗らず、「大丈夫だよ」と家族を安心させてあげることです。

内なる静寂に、耳を澄ませよう。

恐怖は、「理解」すると、消えます。