【日常】「ありがとう」って言えないのは、「つらかったね」と撫でてほしいからかも

からだ

「怒り」と「悲しみ」は必ず対になっていて、その「怒り」を丁寧に紐解くと、 「わかってほしい」という内なる叫びがあります。

今日、満員電車に乗っていたら、肩がかすかに触れた男性の方が「ちょっと、寄りかからないでくださいよ!」とわたしに対して語気を荒げました。
「ん?」と振り向くと、彼は杖を持っていました。

優先席の前に立っているのに、足が不自由なのに、誰も席を代わってくれない、という心の叫びが聞こえてくるようでした。

「痛かったですか、すみません。大丈夫です?」と言ったわたしに、
彼はいらいらした様子で
「もっと空間のある方へいってくださいよ。こちらへ寄りかからないで!」
とまた言いました。

わたしの感覚としては、かすかに触れる程度でしたが、身体の痛みに触れたのかもしれません。

わたしたちのやりとりに、男性の前の席に座っていた女性が、あわてて席を立ちました。
「ここどうぞ。すみません、気付かなくて」

アラよかったね、と思ったら、その男性は「いいえ、大丈夫です!」と譲られた席に座りませんでした。女性はオロオロした表情で座り直しました。

ところで、わたしはどんなに満員でも9割くらいの確率で座席がすぐ空く場所を察知し、無意識にその席の前に立つという特技があります。(笑)
だから、あんまり満員電車が苦痛ではない。

今日も、わたしが移動した空間の前の席が、次の駅ですぐに空きました。

わたしはすかさず、さきほどの男性に「空きましたよ!」と声をかけました。
振り向かないので肩をとんとんして、「席ありますよ!」と伝えました。

するとまた、彼は「大丈夫です」と怒った口調で言いました。

わたしは面倒くさくなったので、
「折角ですから!いいから座ってください!」とややオーバーな声で言いました。
渋々、というふうに、足の悪い男性はむっすりとその席に腰掛けました。

案の定わたしの移動した前の座席がすぐにまた空いたので、わたしも座りました。

素直に「どーもどーも」って座ればいいじゃん?
でも、それが出来ないのは何故だろうか。

おそらく、彼はわたしが「あ、そう」と引き下がって席を譲るのをやめれば

「俺は足が悪いのに、席を誰も譲ってくれない!」

というマインドをさらに強めたことだろう。

で、多分そうしたかったはずだ。
何故なら、「ほーらやっぱり世界は俺に厳しい」と自分の正しさを証明することができるからです。

だからかどうか、その男性は席に座ったのに、なんだかずっとむすっとして、いつの間にか居なくなりました。

わかったのは、
たぶん彼が欲しかったのは電車の座席ではないらしい、ということでした。

座れば解決するんなら、席に座れたら怒るのやめるもんね。

彼が欲しかったのは、「わかってくれる人」だったのかもしれない。

わたしも昔、
自分のイライラしているときに恋人(今の旦那さん)に親切にされて、「ほっといてよ!」とか叫んで夜の街に走り出すようなことが何度かありました。

そして、「誰もわかってくれないんだ!」とか思ってたよ。

そんな表面的な親切じゃなくて、
「つらかったね、がんばったね」ってなでなでされたいのに、
どーしてわかってくれないのよう!!!ばかぁ!!

みたいな。ことをね。

思っていましたよ。

今は、わたしの一番の理解者はわたし自身なので、そんなことはまったく考えない。(笑)

「ももちゃんえらすぎ!天才!」とか言って、自分の頭を撫でるのが好きさ。

子供っぽい解決法に思えますけれど、
悲しみを癒やすなら子供っぽいばかみたいな方法が一番いいです。
なぜなら、泣いてるのは子供のわたしだから。

「ありがとう」って素直に言えない、お子様な気持ちのときは
「つらかったね」って自分にやさしくしてみてね。

 

〈祈り〉

わたしのなかの内なる神さま、いつも見ていてくださりありがとうございます。

どうか、わたしの出会う人が見せてくれる、わたしのなかにある悲しみや傷を、完全に癒やしてください。

彼らの行動の基となる、わたしのなかの偏りを、わたしがまるごとわかって、愛を受け取ることができますように。

この問題を繰り返さずに、新しいことを学べるよう、どうか今回のことをあまさずわかるよう導いてください。

また、彼らのそばに、かならず彼らをわかってくださる存在をおいてくださいますように。

この祈りが完全に聞き届けられられたことを、ありがとうございます。