「大嫌いな奴」と「恋人」は、自分にとって「同じ課題」を見せつけてくる相手

パートナーシップ

人間関係をつらつら鑑みるにつけ、

わたしがこれまで職場で苦手意識を持ってきた相手のことごとくが、
男性にせよ女性にせよ、
「元恋人に似てる」か
「旦那さんに似てる」ということに
さっき気付きました。
顔じゃないよ、性格やバイブレーションみたいなものね。
パターンは何種類かありますが。

めっちゃびっくりした。

これに気付けたことは、わたしの視点が彼らの陰陽の両面を見ることができるようになった、つまり中庸の視点を得たことを意味するため、喜ばしい気付きでもあります。

つまり、つまりよ。

人は、どうあっても、
「なんかアンテナに引っかかるな」
「この人、気になるな」
という感覚の相手が存在します。
それは、人間である限り仕方がないことです。

自分の内側に何らかの「概念」がある限り、この感覚からは逃れられません。

概念とは、神経回路の発火するひとつのパターンのことです。

で、
「執着」という意味においては、
大嫌いな相手も大好きな相手も、
同じカテゴリになります。

どちらも「どうでもよくない」という意味で、
わたしの思考を結構な割合で占めるからです。

そして、
「気になる」に好意という糖衣がまぶされると「恋愛対象」となり、
「気になる」に怒りや不安しかわかない場合は「苦手な人」となります。

 
で、で、で。

恋愛の初期段階では、みんなたいていラブラブしますよね。
これはホルモンのなせる技。

恋愛から3年くらいは、フェニルエチルアミンというホルモンが分泌されている状態です。
このホルモンは、「自分と(容姿・肉体・知的能力において)遺伝子的にマッチしている相手だ!」と感じると分泌される、一種の脳内麻薬です。

でもね、3〜4年経って、
この脳内麻薬が切れると、
人は正気に返るのです。

そして気付くんだ。

あれ? こいつ、なんかムカつくな。
と。(笑)

そりゃそうなるよね。
「気になる」という「引っかかり」は、もとは自分にとっての「違和感(=不快感)」なんだから。

その不快感の正体は、たいていが「傷」です。
お相手の言動は、突き詰めていくと、
自分にとっての幼少期の傷に触れることが多いのです。

傷に触れられると、ほとんどの人は怒ります。

そして、ムカつくときにはエンドルフィンという分泌物が脳内で分泌されます。
これがまたしても脳内麻薬になります。

やたら喧嘩するのに長続きするカップルは、怒りによって起こるエンドルフィンの作用で、ドキドキを代用していると言えるかもしれません。

ちなみに、ケンカではなく慈しみ合うことで愛を長続きさせる人たちは、オキシトシンというホルモンの作用で仲良しでいられます。

ホルモンの話はさておき、

フェニルエチルアミンが切れたら、
ときめきの魔力という糖衣がなくなった状態で、
相手と向き合うことになります。

「恋人」になる相手は
「なんか、無意識に引っかかる人」
=つまり、自分にとっての傷に触れる相手

なのです。

そこで、別れるか愛することを学ぶかが問われるわけですね。

わたしたちの潜在意識は、
無意識の領域にある「傷」に目を向けさせ、癒やしてのびのびと生きていくために、
わざと課題をくれるのかもしれません。

ちなみに、「理不尽から逃げる」とか「自尊心のために闘う」という課題をクリアする必要がある場合もあるので、何でもかんでも相手と誠心誠意向き合って長続きさせるのが正解というわけではないのよ。
むしろ我慢せず相手を殴ったら課題が終わるという場合もあります。

どちらにせよ、
せっかく現れてくれたわたしの傷を
丁寧に認知して癒やしてあげたい。

だって、ここで避けても、
わたしの中にある「概念」を変えなかったら、
別の人との間で同じことが起きるのがわかりきっているんだから。

「認知すること、見つめること、そこにあると認めること」は愛の好意なのです。

だから恋っておもしろい。

あなたは大嫌いなひと、いますか?