【日常】愛を伝えて生きていきたい

日常

結婚6年目に、旦那さんがペアリングを買ってくれました。
指輪が2つになってしまったので、これまでしていた指輪を右手に、新しいものを左手につけました。
新しい指輪の銘は、「月の雫」です。
たゆんとまろみのあるフォルムで、つけ心地がとてもよいです。

帰りに家族でお寿司を食べに行って、
あまりの幸福に浸っていたら
涙があふれてあばばとなった。

しあわせすぎて泣けるとかではなく、
「わたしはこんなにしあわせに満腹なのに、世界には餓えている子どもたちがたくさんいる」
と唐突にこみあげて止まらなくなりました。

旦那さんはリアルに献血が趣味の人なので、
彼の慈悲深い思考とシンクロしすぎたのかもしれない、とも思いましたが。 

たぶん、
「ここ」に至るまでの準備として、
飢えた子どもそのものだったわたしは
愛情が「満腹」になったのだろうと
物理的に寿司屋で3皿目を食べたときにわかったのでした。

わたしはずっと、
愛を乞う人でした。
餓鬼と呼んで差し支えない。

学生時代から、嘘みたいにモテたけれど
わたしの魂はちっとも満たされなかった。

それが、何年もかけて
「家族に愛される」という経験を通して
わたしは満腹になり、人にうまくいくパートナーシップの方法を伝えるほどになりました。

みっちゃんを出産した日、わたしは「神が神を産む」という声が頭に鳴り響いたことを日記に残しています。

また、その翌朝、奇妙な夢を見たことをはっきりと覚えています。

岩の上で赤子のみっちゃんを抱えたわたしが座っており、その岩を取り囲む360度びっしりと、餓鬼らしき鬼たちで埋め尽くされているのです。
鬼たちはみっちゃんの生まれたことを絶叫するように泣きながらお祝いしており、
「これで我らは救われる」と鬼気迫る勢いで喜んでいたのです。

あまりの異様さに、産後の興奮でどうかしちゃったのかと思っていましたが、今日はその夢を思い出しました。

あの鬼たちは、わたしのご先祖様たちです。血縁かどうかはとにかく、わたしの無意識に連なる系譜の鬼たちは、「子孫が愛に生きることで、ご先祖様たちは救われるんだ」ということを、わたしの潜在意識がわかりやすい夢にして見せてくれたのだろうと推測しています。

昨日ずっと頭の中に響いていた「マイトレーヤ」という音は弥勒菩薩のことらしいのですが、
弥勒さまはなぜ仏になりきれず一段下にいるのか、という謎が寿司を食べてたら突然解けて、また涙が出てきました。

慈悲深いからだわ。

人々を救うという気概は、
悟りという面から言うと
「執着」です。

執着だとわかってても、
苦しんでる人を助けたいんだわ。
だから弥勒菩薩は、悟らないんだわ。

そう思った途端に決壊して、
寿司屋で涙がボロボロに…

その後、みっちゃんと遊びに行った公園で

「神さま、わたしは愛を伝える人になります。飢えてる子どもを満腹にするために働きます」

と泣きながら内なる神さまに語りかけていました。

ずっと待ってた答えはこれだったようです。

私にできる方法で、愛を伝えていきたいと思っています。