まとまらないいくつかの概念覚書

マインド

自分にとって価値が高いことは、即断即決即行動出来るので
より良く生きようとか、うまく生きようとか考えるより、自分の価値観の優先順位の高いところで生きるのがしあわせなのね。

理念に対して自分を合わせて「最高の良いこと」を手に入れよう、人格者たろうとすると、good/badの評価地獄にはまる。goodは永遠に手に入らない、それは「わたし」の真実ではないから。

地獄とはつまり感情で生きるという反応(リアクション)的な生き方です。

反応的な生き方とは、痛みを避けようとする動物的な生き方で、「状況の犠牲者」になります。心の痛みは体の痛みなので、痛みを避けて快楽を求める。

価値観の最優先順位を決めるとは、人生の使い方を明らかにすること。
賞賛も批判も両方とも自分であると受け取ること。試練と支援は必ず同じだけ存在するのです。
ただそこにどんなメリットを見出すかは価値観が決めるので、状況に対して愛が見えにくいときは何かのかたよりが存在している。

マインドの陰陽を☯統合するとハート〇になります。相補的両極の完全なる共時的統合。

ここには独楽として評価なく回るちはやふる存在がある。
何をしたとしてもしなかったとしても、全てはバランスで愛の表現です。

バイブレーションが展開するエリアが自分だと認識していて、この世はその延長線にあります。すいきんちかもくぜんぶわたし。

自然はエントロピーの法則により混沌へ向かう。
それを秩序だてる(シントロピー)のは知性なので

知の領域(ヌースフィア)を拡大するしかない。

知性と知識は違うもの、知識は文節であり情報。

知性とは知覚認識の変容を促すなにか。

soulとはstate of unconditional loveつまり無条件の愛と感謝の価値

時間と空間は幻想で、それは原因と結果を分ける連続性の中で自分を捉えて離さない因果の枠に捉えられている、その正体は感情です。

因果とは前後左右上下から時間の矢に串刺しになっている状態。
現実をつくるのは神経回路のパターンで、ひとつの概念とは神経回路が発火するパターンを言うのです。

つまり知覚認識が変わると実際に世界は変容します。

状況の犠牲者でなく運命の創造者になるには、反応的に生きるのでなく知性とともにあること

とかなんとかほにゃほにゃ感じながら
次のフェーズに移行中なのですよ…