【掌編】dakiniの桃

物語

逆巻く波を裸足に絡ませ、彼女は蠱惑的にこちらを見つめる。

獣じみた野生の気配は、濃厚な死を連想させる仄暗い花の薫りとともに、わたしの意識をとらえて放さない。

「ねえ、」

と彼女は笑う。にやり、という表現が良く似合う、狡猾で妖狐に似た美貌に戦慄する。

美しいのに恐怖を覚えるのは、彼女の背中に従う視えない海が、途方もなく深くて昏いことが解るためか。

聞こえないはずの力強い波音が、卑猥なリズムで寄せては返し、わたしの丹田に一定の間隔で響きを与える。

透明の手で心臓を撫で上げられ、わたしの胸はギュッと痛みを感じ、呼吸が少し浅くなる。

彼女は自分をダキニと名乗る。彼女はわたしの意識が創り出した幻影なのかもしれない、しかしとにかくそこにいる。

肉体のないスピリットとの交流はわたしにとっては日常茶飯事で、便宜的にチャネリングと呼んでいる。内的世界の分裂した自己との会話と考えるにはあまりに豊かで、彼らはわたしの知るはずのないことを語ることがままある。

わたしは彼らをスピリットと称し、「わたし」としてのわたしではないにせよ、「わたし」の広大な無意識の宇宙に属する何者かであると結論付けている。この認識はそのうちまた更新されるのだろうか、とかく内的知覚とは成長変化甚だしく、螺旋階段を登るように一段登るごとにガラリと世界の景色を変えるから、その感覚に誠実であろうとするほどに、一瞬先のわたし自身の言葉が想定出来かねるのである。

スピリットたちは現実の出来事同様、わたしの内側つまり無意識のバイブレーションに相似形のエネルギー体として立ち現れ、気ままにわたしに接続する。

この繰り返し出現するイメージを、わたしは他に定義する術を知らない。とにかくチャネリングと呼んでいる。

ダキニの野蛮で堂々たる傲慢さと性的な振る舞い、そして悪徳を悦びとする様は、まるで夜の女王だ。

彼女はわたしの月経に合わせるように、排卵期になるとひょっこりやってくる。

数年前は彼女が来ると、毎月、死への憧れに半狂乱になっていた。死にたいのに生きていたい。相反するエネルギーは、自殺欲と性欲という自滅的なパワーとなって私を翻弄した。骨盤の内側から背筋を駆け上る青白い電撃は、脊髄に沿って脳へと閃き、真っ黒の火花を散らす。死にたい死にたいと私の一部が叫び声を上げ、どうか生き延びろと残った私がトンネルの奥に針の先ほどの明かりを灯す。死なないためにたくさんの人に手を伸ばした。無造作に抱きしめたのは優しさではなかったが、眠れない私が眠るためにはとにかくそれが必要だった。祈りとしての夜が。

死への希求は意志と関係なく私を絶頂へと追い立てていき、あらゆる感覚を研ぎ澄ました時にだけ辿り着けるあの静寂の泉へと引き摺り込む。そこで私は自分の肉体の境界線を失い、混沌とした記号の水に溺れながら、ジリジリと鳴る額からこの世ならざるものたちを眺める。

聖なるものにこだわり続けたのは、そんな自分の存在を罪悪と結びつけていたからだろう。自分に欠けていると思うものを、人は求めるものだから。

混沌を受け入れた私にとって、ダキニは理解の追いつくものとなった。暗闇を暗闇のまま敬える程度に、自分の中の月を好きになったのだろう。

「あなたはもうわたしを恐れないのね」
と、ダキニはわたしの左肩にそっと触れ、吐息混じりに語りかけた。
言葉の一音ずつに、ゆっくりと呪いが込められた、力のある言葉だった。
とりつくしまのない妖魔のように感じていた邪悪さはそこになく、ただ生命エネルギーそのものとして、彼女は死の海を衣として纏っていた。

「嬉しいわ」

彼女はそっとわたしの顎に手を添え、上を向かせて口づけをした。

柔らかく瑞々しい桃色の唇が、すうっとわたしに重なって、そのまま彼女のエネルギー体はわたしの内側に溶けていった。

わたしは内側から、とても穏やかな歓びの波紋が湧き上がるのを感じた。

同時に、こうなることが当然だったのだと理解した。

ダキニがいた場所に、西王母が桃を持って立っていた。
高貴な月の女神は、わたしに桃をそっと渡し、笑って消えた。