怒りと傷

からだ

怒りが湧くとき、というのはいくつかパターンがあって、おおまかに分類すると

1 自分の傷(悲しみ・痛み)に触れることをされたとき

2 自分がやらない「やってはならない」と思っているルールを誰かが破ったとき(うらやましい)

3 自分にとって本当に大切なこと・ものを侵害された・適切に扱われなかったと感じたとき

4 身体的な理由(空腹で血糖値が低い時、睡眠不足、鉄不足、鬱病などによる神経伝達物質のモノアミン類の伝達異常)


で、
1の場合は痛みを感じないために反射的に怒りが湧き上がってくるので、傷そのものを認識してない場合が多いです。

例えば、

わたしは、以前は風呂上がりに、わけもなく娘のみっちゃんに対してイライラすることが多くて、自己分析しても「まったく意味がわからない、意味不明な怒り」をよく感じていました。

入浴後なので、血糖値の高低が理由だろうかと思って、風呂上がりに即甘いものを食べるとか工夫したりしたけどうまくいかなくて、「なんでわたしは、風呂上がりに限ってみっちゃんを意味もなく怒鳴ってるんだろう」と途方に暮れていました。

原因不明すぎて、ヒプノセラピーを受けようかと思ったくらいです。
6秒我慢するアンガーマネジメントとか色々やったけど無駄だったのね。

で。

実はそこには
わたしの痛みが隠れていたんです。
子供時代の記憶すぎて忘れてしまってたんだけど。
ボディチャネリングのワークを自分でやってみて、たどり着きました。

「ももちゃんかわいいねー」と、風呂上がりに母がわたしを抱きしめてくれた光景と、それを見ていた三つ年上の姉の、恨めしそうな瞳。

それに対して、「お母さんに抱っこされたら、お姉ちゃんに嫌われるんだ」というわたし自身の記憶。

これを思い出したとき、「あ、わたし、悲しかったんだ」とわかったのでした。

わたしは次女で、みっちゃんは長女です。

わたしは、みっちゃんに対して、「かわいいねー」と抱きしめられたわたし自身と、長女である「お姉ちゃん」の目とを重ねて見ていたのでした。

風呂上がりに子供を抱きしめる、というのがトリガーになって、痛みが怒りになって爆発していたわけです。

複雑!

で、それを理解して咀嚼してから、
わたしは風呂上がりに怒鳴ることがなくなりました。

痛い、悲しい、をじっくり見つめたら、怒りが消えるんだ、と理解した瞬間でした。

ところで、我が家の旦那さんは、ご飯の作法に厳しい家庭で育ったので、食事のときみっちゃんにイライラして声をかけることが多いです。

「肘をつかない」
「うろうろしない」
「ねぶりばしをしない」
などなど…

しつけはある程度必要ですが、「そんなにキツイ口調で言う必要ないよね」というときは、
親が子供の行動を通して「自分の傷」に過剰反応しているか、
親の「自分はそんなことやらないのに」というマイルールに抵触した憤り・妬み
であることが多い
かなと思います。

だから、虐待のひどいニュースを聞くと「ああ、ここで傷が怒りになっちゃったんだな」と感じるのです。

これは断言しますが、加害者になろうと思って出産する親などいません。

虐待した親は、鬼のように言われますが、彼らは子どもを虐める以上に、自分自身の心を痛めつけています。

霊長類にはミラーニューロンという、「相手の行動を通して自分の脳の同じ部分が活性化する」という働きがあります。

人を虐めることは、相手という鏡を通して自分を痛めつけることなのです。

子供に対して辛く当たる親は、子供という存在にかつての自分を投影しています。
ですから、子供を酷く虐待する人は、例外なく自分も子供時代に酷いことをされた「元被害者」です。

そして、子供時代の傷は、3層構造になっている脳の最も原始的な爬虫類脳に影響を与えるため、傷に対する防衛反応(怒り)は本能的かつ反射的なものになります。

つまり、傷にふれることを認識すると、反射的に怒りが湧き上がるという「反応」をしてしまうのです。

人に対して怒りを持ちやすい人は、
傷が深いか、
「ねばならない」が強いか、
その出来事や相手を尊重してほしいという愛情が深いかです。

そして子育てで湧き上がる怒りの正体は、「子供の頃の無意識の傷」です。

子育てにおいて、完璧な親は存在しません。
つまり、親がどんなに全力で育てたとしても、子供の主観としてはかならず傷が生まれます。また、親以外の祖父母や兄弟姉妹との関係による傷もあります。

さらに、スピリチュアルな目線で言えば、親の持つ傷と同じバイブレーションをもつ存在が、その人の子供として引き寄せられます。(実はこれは、効率的な癒やしのためなのですが)
よって、家族という集団では同じ種類の問題が繰り返されます。

「自分の代で、悲しみの連鎖を絶対に止めるんだ」という決意で、自分の傷を癒やしてください。
そうでないと、あなたの傷は子供に引き継がれます。



怒りを手放すことというのは、傷に目を向けること、固定概念を手放すこと、でもあります。

「傷」というのは、否認することなく、じっと見つめてそこへ入っていくことで理解すると、癒やされていきます。「見つめて、認めること」は、愛の行為だからです。
痛いんだけど。

「何に対してイライラするか」で、あなたの内側に持っている概念や傷がわかります。

あと、「イライラしてはいけない」というルールも、自分を苦しめることになる&イライラしている他人を裁く物差しになるので、

「にんげんだもの」くらいの気持ちを持って、イライラの出現を許してあげるのも大事かな、と思っています。

大切なのは、「イライラしないこと」ではなく、「内なる傷を癒やすこと」です。

そして、傷を癒やすことは、「自分自身を赦すこと」でもあります。